2007年4月6日金曜日
困ったものです・・・
もう一つ困っているのが、高いところに上って遊ぶのが流行っているらしく、とにかく台所のシンク、洗面所、机からナイトテーブルまで、高さがあるものには全て乗っかって遊びたいらしい。そこまでブイブイ私の手を引いていって、ぱたっと立ち止まり、「乗っけて頂戴!」とバンザイをする。これを一日何十回もやらされるこちらはたまらない。
初めての育児、試行錯誤の連続で、これも今から思えば絶対に最初からやらせなければよかった事の一つなのだけれど、もうこうなると飽きるまでやらせるしかない。これが家の中二人きりならまだ「だめ」と言ってしばらく泣き喚かせておくのだけれど、あいにくうちのだんなは自営で、しかも朝の9時から夜中の1時くらいまでずうううううっとコンピューターに向かっている。ある時間が来たら仕事をストップするという事がないから、常にこちらはうるさくしないように気を遣わなければならない。だから泣き喚かれて(私が)ストレスに感じるんだったら、テーブルの上で遊ばせてしまえ、となってしまう。
歩くようになったらすごく楽になると錯覚していた分、何だかすごくしんどく思えてしまう。特に高いところで遊ばせている時はぴったりくっついていないといけないし。
だからというのもあるのかもしれないけれど、最近私は本当にお疲れモードだ。何もする気がせず、はるっぺに合わせて一日二回も昼寝をしている。それでも全然楽にならない。体が鉛のように重く、眠気は一向におさまらない。風呂に入るのもご飯を作るのもとにかく面倒くさい。唯一外に遊びに連れて行くと私も気分がごまかせるせいか、少しは疲労感が和らぐ気がする。
幸い10日のはるっぺの誕生日パーティーは6人しか招待していないので、もうピザでもオーダーして済ませてしまおう。ご飯なんか作る暇があったら、あたしゃ寝ていたい。パーティーは基本的に招待するのもされるのも大好きなんだけれど、今回はしんどくてダメだ。とりあえずケーキだけは注文しておいたので、何とかなるだろう。招待した6人は皆お世話になった人ばかり、そして一年前出産に立ち会ってくれた人たちなので、手料理でもてなしたかったのだけれど・・・残念。
また元気を取り戻して更新しますので、是非またお立ち寄りくださいませ!!!
2007年3月31日土曜日
かしましおばさん
先週、以前働いていた病院のスタッフとディナーへ行ってきた。もう4回目になるのだが、毎月違うレストランで女性スタッフ限定で集まっている。私は昨年末辞職したのだけれど、何故か毎月招待してもらっている。20代が1,2名いるのを除きあとは大体30から50代のおばさん達である。そしてそのまた半分ほどが現在シングル、彼氏募集中なので、毎月ウェイターの若いお兄ちゃんをナンパしたりするので、こっちはおもしろ半分ちょっと恥ずかしかったりするのである。
今回はイタリアンレストラン、ブカ・ディ・ベッポで集まった。12人以上のグループだと写真の「ローマ法王の部屋」を貸し切る事ができる。壁にはローマン・カソリック関連の写真が飾られ、テーブルの真ん中ではローマ法王が見守ってくださっている(ほんとか)。この法王像、無宗教派の同僚が「私はカソリックじゃない。こいつの顔を見て食事するのは不愉快だからどけてくれ」とウェイターに頼んだため、隅に追いやられてしまった。あんまりである。
今回も12人集まり、わいわい楽しくやってきた。離婚率が50%近いと言われるアメリカ、離婚歴があってもしょぼくれたりしていないところが彼ららしい。日本で4,50代で離婚していたら、もう子供もいるし恋愛なんて今さら・・・という方もいると思うし、大体彼氏募集中なんて公言したら世間の目が冷たいのではないかと思う。
私の勝手な思い込みかもしれないが、こちらの女性は子育てしつつデートも楽しみ、私の人生はきちんと楽しませてもらいます!みたいな気合が感じられる。それから日本のようにやたらと年齢にこだわりすぎないのも見習うべきだと思う。
だからこういう元気なおばちゃん達が12人も集まるとハリケーンのような勢いなのだ。ウェイターに横に座れだの、今日は何時上がりなんだとか、酒も入らぬうちから口説き始め、ナンパが難航すると隣の同僚にいい男を知らないか、いや知っているはずだろう、なぜ吐かぬ、などいちゃもんをつける。私がへらへら笑って聞いていると、あんたも結婚指輪はめて幸せそうにしてるけど、いつまでも続くと思っちゃ駄目よ、とか説教され全く大きなお世話である。
こうして毎回レストランを後にする時に「台風一過」という言葉が頭をよぎるのであった。
来月は私がレストランを決める番だ。とにかく周囲の迷惑を考え、サンディエゴ一うるさいレストランにしようと今から思案中である。
2007年3月25日日曜日
スプリンクラー
うちは一軒家に住んでいるので、小さいながらも庭がある。3年半前に購入した時は当時の家主がきちんと芝生をメンテナンスしており、花壇には花が咲き、これぞマイホーム、という感じの庭だった。それが一昨年ベイリーがやって来てからわずか半年ほどで荒地になってしまった。テリアなのでとにかく穴を掘り、ずいぶんあった植木もほぼ全部引き抜かれてしまった。
2007年3月16日金曜日
自分の居場所
悩んだ末、昨日チケットを購入した。5月30日成田着、一週間ほど横須賀で過ごした後、二番目の兄一家のいる大阪へ行き、6月14日に関空発の日程だ。本当は3週間くらい滞在したかったのだが、飛行機の座席位置を優先したため、結局この日程でしか取れなかった。一番上の兄が月初めに休暇を取れないので、何としても5月中旬に帰りたかったので残念だ。
結局2週間のみの比較的短い一時帰国になるが、こんなもんでいいのかな、とも思う。友達はほぼ横須賀、横浜近辺に集中しているし、そんなに何十人と会う訳でもないので一週間もあれば十分だろう。
アメリカに来て、はや5年半。学生のうちは確か半年に一度帰国していたような記憶があるが、結婚してからは一年に一度帰れるかどうかというところ。渡米してからしばらくは「日本人は」というのに、we(私達)を使っていたが、最近they(彼ら)という単語が思わず出てしまい、恐ろしくなった事が何度かある。民族としての日本人と言うよりは、時事問題などを話している時に「今に日本いる日本人」というつもりで話しているので、ついそういう言い方になってしまうと思うのだけれど、それにしても、5年半も離れていると、こういう風になるんだなと我ながら驚いた。
大体私には、日本に居場所というものが残されていない。私達が育った家はもうないし、両親はアパート住まい、兄夫婦のところも子供がいて、何週間も置いてもらう訳にもいかない。だから帰国しても、実家があって、あーただいま、帰ってきたよ、という感じではないから、いつも誰かのうちにお邪魔している状態になる。そんな訳で、帰国後一週間も経つと、旅行中のような「楽しいんだけど、そろそろ帰ってゆっくりしたいな」という気分になる。
そういえば、住民票も抹消されて、ないんだったっけ。
こうやって離れた土地に住んでいると、たとえ母国であってもだんだん違和感を覚えるようになっていくのだろーか。どんなに好きな恋人でも、離れていればいずれ忘れてしまうのと同じなのかもしれない。どんなに好きだったかを思い出す事はできても、感情の維持はよほどのロマンチストでなければできないだろう。それで何年後かに再会すると、自分の中で生き続けた恋人のイメージと、目の前にいる本人のギャップがすごくショックで、時間って残酷だ、とか思ったりして・・・。
・・・って、私にはそんなロマンチックな恋愛経験なかったんだった。がはは。
とりあえず、帰国予定がたったので一件落着というところかな。
2007年3月13日火曜日
モモンガ、空を行く。
とーちゃんに連れて行ってもらうのはいつも飛行時間1時間ほどの近場だし、泣いても周りは家族だからあまり気にならないのだけれど、民間機となるとそうはいかない。8月にハワイへ行った時も授乳のたびに足が隣の人の方へはみだしてしまい、曲げると怒って泣き喚いたりして散々な目にあった。男性には申し訳ないが、男はこういう時に本当に役に立たないので、頼れるのは自分だけなのである。
5月にはるっぺと2人で一時帰国する決心をしたのだけれど、肝心のフライトを考えると今から心配で夜もぐっすり眠れない。やった事ある人は口を揃えてどうにかなる、と言う。というか、どうにもできないので、何とかサバイバルするという事なのだろう。
航空会社によってバシネットのサイズや体重制限が違う。自分の席を取るのか、子供の分も取るのか。子供の分を取るのであればカーシートを持参するかしないか。バルクヘッド(旧式機種で映画のスクリーンのあるところ)の座席でバシネットを借りるか、キャビン最後部2席とって迷惑のかからないようにするか・・・。考えたらキリがないのである。強硬手段で、一度メキシコへ出国しティフアナ空港から成田への直行便なら空いているかな、なんて思ってみたりもする。
泣き止まなかったら、トイレに隠れてしまってもいいんだろうか。トイレをブロックしてしまう方が、耳をつんざく赤ん坊の泣き声を聞かせるよりは失礼じゃない気がする。ミルクのお湯をくれるらしいが、哺乳瓶は洗ってくれるのだろうか、それとも必要回数分空の哺乳瓶を持って行くのだろうか・・・。
はあ、1匹増えるって、こんなに大変なんだ。
気が重くなった私であった。
2007年3月8日木曜日
ももんが
2日前に実家に送る目的ではるっぺがあんよの練習をしているところをビデオにおさめた。じじもさぞ喜んでくれることだろう、早速ダビングして送らねば、と再生してみると、そこには服を着たモモンガが映っていた。
こちらが証拠物件 mms://Neal-Morgan.com/Neal/HarunaWalking-1.wmv
住宅地にも関わらず、自宅裏には野うさぎやハミングバード、フクロウなどがやって来る。これでモモンガも加わったら、ムツゴロウさんに出張所でも出してもらえないかな。
2007年3月4日日曜日
最愛のシヅヱ
今日はバルボア・パークという、サンディエゴでおそらく一番大きな公園へ行ってきた。日本では考えられないような大きな公園で、中にいくつも美術館があり、サンディエゴ動物園も公園敷地内にある。動物園は特に好きではないし、週末のせいか朝から混んでいたので、噴水前の芝生で遊んだ。はるっぺは木片、葉っぱ、バナナなどを食し、たいそうご機嫌だった。芝生なら転んでも安全だと分かるようになってきたのか、ブイブイと私の手を振り払い、あんよの練習をしていた。まだ初心者のため両腕を前にあげてふらふらと歩く姿は「スリラー」さながらである。
何枚か写真も撮ったのだけど、どうも写真のセンスがないようだ。というか、センスというものに縁がないように思う。とても美しい美術館沿いの通りのショットは、赤の他人に焦点があっていた。しかもその男性が、ものすごい短い短パン姿の観光客だったりするから不思議だ。あんなもの撮って、私はどうしようと思っていたのだろう・・・。
という訳で今日の写真はないので、代わりに一番お気に入りのショットを紹介しちゃいます。これははるっぺ3ヶ月くらいの時。オムツ替えの時に撮った写真です。
実は妊娠中、加藤ローサちゃんのようなかわいい子が生まれている事を想像して「春奈」という名前を選びました。そしてありがたい事に大変元気な女の子を授かる事ができました。しかし出てきたのは春奈ではなく、どちらかというと「シヅヱ」という顔をしていました。大きくなるにつれて、顔の表情も変化するようになりましたが、それでもたまにすごくいなかっぺな顔になります。なので特に和風な表情を「シヅヱ顔」と名づけました。
この写真を見てだんなが「She looks like a beached whale.(打ち上げられた鯨のようだ)」。後日写真を見た義姉は電話で「あの写真、打ち上げられたセイウチ?」
いいんだよ、はるっぺ。ママはシヅヱもはるっぺも同じように愛しているんだから・・・・。