2009年4月29日水曜日

ちょいワル???



先週、公園で泰造が転び、コンクリートにしこたま頭をぶつけた。幸か不幸か、ビーズ状のネックレスをしていたため写真のような有様になった。サイコロの3の目になってしまい、不憫きわまりない。


話代わって、最近日本語のサイトで「ちょいワル」なる言葉を目にするようになった。こういう新しいことばは苦手だ。意味がよく分からない。文面から察すると「ちょいワルオヤジ」=かっこいい中年男性、という事だと思うのだが、私にはどうしても
















尾藤イサオとか



イモ欽トリオのワルオとか、

しか思い浮かばない。絶対違うと分かっているのに、「ワル=リーゼント」というくだらない公式にがんじがらめにされている浦島太郎なのである。

のび太マジでえらい。

2009年4月22日水曜日

#@$%^*$()#

「ツカマエテ!」

「イリマセン!」

「デテイケ!」

「ワタシハ ワルク アリマセン!」

「ハナセ!」

「アケテ!」

video

去年日本へ行った際、いとこからいただいた日本を英語で紹介する本。

外国人が日本滞在中に遭遇しそうなシチュエーションを想定して作られている。

でも、

「わたしは悪くありません」

とか、

「弁償してください。」

とか、

「お帰りなさいませ、ご主人様」(メイド喫茶編)とか、

何かもう、ちんぷんかんぷんである。

でも、おもしろいからいっか。

2009年4月21日火曜日

くすり





私は、10歳の頃から偏頭痛に悩まされている。つまり人生の3分の2はこの病気と付き合ってきたことになる。



泰造を出産した時、最後の1時間を除いて麻酔なしでがんばったのだが、あの時の痛みを10とすると7.5とか8くらいまで痛くなる。これを多いときには月に2,3回やると身も心もクタクタになってしまう。



幸いアメリカに来てからは、偏頭痛の薬を処方してもらえるようになり随分楽になった。ところが泰造を出産した頃からまた頻繁に起こるようになり、それにつれ薬もだんだん効かなくなってきた。



そんな訳で今日またお医者さんのところへ相談へ行き、予防策として抗うつ剤を飲み始める事にした。


何でも偏頭痛にはセロトニンという脳内物質が関係していて、それをコントロールするための薬がこの抗うつ剤のようである。毎日薬をのまなければいけないのは正直めんどうくさいが、これで発作の頻度が低くなるのであれば文句は言うまい。

発作が起きてから飲む薬も新しいのをもらってきた。舌下投与なので、嘔吐がひどい時にも安心(?)である。

ちなみに発作が起きてから飲む薬が9錠入りで200ドル。

抗うつ剤は1ヶ月分でたったの3ドル。

(何かおかしくねーか?この価格設定。)

次はいつあの激痛に襲われるのだろう、子供の世話はどうするのだろう、だんなはお願いしたら早く帰ってきてくれるのだろうか・・・来る日も来る日もそういう思いが頭をよぎる。そんな生活が少しでも改善されるのならば200ドルでもお安いもんだ。

2009年4月18日土曜日

振り向くとそこに・・・・。


「あ、なんかきた」


「何か知らないけど、すごい速さだよ。」

「うわわ・・・・きたきたきたー!!!」



・・・・そんな訳ないですね。

サンディエゴなんかに来られたらたまったものではありません。

あまりにすごいショットなので、ちょっと取り込んでみたかっただけです。

千葉県民に幸あれ。

2009年4月13日月曜日

メロディ地蔵(2)



今日の午後、子供たちを昼寝させようと思ったら外で轟音が響いた。びっくりして二階の窓から外をみると隣の家でジャックハンマーを使って工事を始めていた。聞くと終了まで二時間はかかるとの事。しかも工事をしているのは子供部屋のすぐ外である。仕方なくいつもそれぞれの部屋で寝かせている子供達と川の字になって主寝室で眠った。

泰造が私と一緒に寝たのは去年の5月以来なので、本人もわけが分からないようでなかなか寝ようとせず、私の目覚まし時計を食べたりしている。それを見て面白がる春奈も寝ないので、泰造を強引に引き寄せて歌を歌い始めたら、数分で眠ってしまった。

泰造は、生まれて間もない頃から音楽が好きである。生後2ヶ月くらいの時に、歌を歌ってやるとよく一緒にクークー言っていた。

最近では「きらきらぼし」を口ずさむようになった。もちろん歌詞は無理なので、メロディだけ「ばーばーばー」と歌うのだが、どう聞いてもきらきらぼしに聞こえる。気のせいかと思いきや、先日義父も同じ事を言っていたのでやっぱりそうなのかな、と思っている。

どうでもよいかもしれないが、「きらきらぼし」と「ABCのうた」が同じメロディだと言うことを、母親になるまで気がつかなかったのは私だけだろうか。

2009年4月11日土曜日

フレディ・マーキュリー

今日はイースター(復活祭)恒例のエッグハントへ行き、そのあとうちで春奈の誕生日パーティをやった。

それは別として・・・・今日のおすすめユーチューブはこちら。

http://www.youtube.com/watch?v=zBUJztI884M&feature=related

1991年にフレディ・マーキュリーが亡くなったとき私はイギリスにいたのだが、死後行われた追悼コンサートの様子が、どの新聞でも一面に大きく載っていたのが記憶に残っている。国籍が英国だったのかはよく知らないが、国民的スターとして扱われていたのは間違いないと思う。

「好きなパフォーマーは?」聞かれ、「ライザ・ミネリ」と答えたと言われるフレディ・マーキュリーのステージパフォーマンスはダイナミックで、見ていて飽きない。もちろん音楽も独創的で、もうあんな音楽を聞けることはないのだろう。フレディよ、永遠に・・・・(涙)

・・・・ここのとこ睡眠不足で、思考がストップしている・・・・

ので、

おしまい。

2009年4月10日金曜日

今日が誕生日でがす!



今日、春奈が3歳になった。
パーティは明日やる事になっているので、今日は特にこれといったお祝いもしなかった。
明日渡すはずになっていた(?)プレゼントの自転車を、寝る直前になってだんなが「やっぱり今あげたい」と言い出した。結局組み立てに小一時間かかって、ベッドタイムが一時間もずれてしまった。
しかも、
「パパからのプレゼントだよー!みてごらん!」
・・・って・・・・。
重いのに雨の中、泰造つれて買いに行ったのあたしなんだけどなー。
ほんとに、わたしとだんなって、チームワークがイマイチというか、しゃべってても、ふつうA→B→C→Dと会話のキャッチボールが続くはずであろうに、
私 「A]
だんな 「B」
私 「C]
だんな 「
私 「・・・・・えっ?!」
だんな 「だからぬ!!」
私 「なんで、なの・・・・」
という感じで、かみあわない事が多い気がする。
結婚にはむいていなかったんだろうな。
それでも、そういう二人を無理やりくっつけといて、何とか丸くおさめさせようとする結婚の束縛力ってすごいなあ。
まあ、おらは春奈と泰造が幸せならそれでいいんだっぺよ。
それにしても「ぬ」って一体・・・・・。

2009年4月8日水曜日

(もうすぐ)3歳のこころ

video

先日撮ったビデオ(上)を見たら、春奈の話をまるで聞いていない自分がそこにいた。私が泰造に夢中になっていて無視されているのだが、それに気づいた春奈は、泰造とそろって遊び始めた。うちでよく見られる光景である。

泰造が生まれた時、春奈はわずか19ヶ月。当然、泰造が生まれる前のことはもう忘れてしまっている。

しかし私は覚えている。庭においてあるジョガーに乗りたいと言えば、一日に4回でも5回でも散歩に出た。車の中で遊びたいといえばなるべく付き合った。泣いたらすぐに飛んで行った。すべてが春奈を中心にまわっていた。

泰造がやってくるまでは。

でも赤ん坊がうちにやってくると、いろいろな事がだんだん自分の思い通りに行かなくなる。みんながどこかで少しずつ我慢しなければいけない。それは春奈だけじゃなくて、私もだんなもそうだった。でも小さい彼女が一番がんばったのだと思う。

今では、抱っこしてほしい時も素直に言えない事があって、「はーちゃんは、だっこしてくれなくていいよ。ママは泰ちゃん抱っこして背中が痛いでしょ」などと言う。そんな気を使わないで、抱っこして欲しいときにはストレートにそう言ってほしいのだが。

そうは言っても、他でかんしゃくを起こしたり、すぐちくったり、人のおやつ袋を漁ったり、まあいろいろ悪さもするので、総合的にみると、健康的に育っているということであろうか。

2009年4月5日日曜日

きょうだい





今日はふたりそろって熱を出した。
泰造には抗生物質が処方されたので、これからよくなってくれると思う。今日は夕方まで熱も上がらなかった。春奈は昨日まで元気だったのに急に熱が出た。薬を飲ませると嘘みたいに元気になるのだが、4時間くらいするとまた熱が出るの繰り返しだ。
夕方公園に行きたいというので、ベイリーの散歩がてら裏の公園に少し寄ってみた。幸い誰もいなかったので、2,30分遊ばせた。しばらくして、近所のママさんが3人の子供を連れてやってきた。
この子達、9歳、7歳、2歳だが、一番上のお姉ちゃんは7才年下の妹とよく遊んでくれるそうだ。ママもいつも楽しそうだ。やっぱり3人兄妹、いいなあと思う。

自分の健康(特に偏頭痛)や年齢、経済状況を考えるとやっぱり3人は無理かな、と思うことが多い。そして40になったら仕事を始めたいと何となく思っていたので、このままズルズルと専業主婦に浸かったままになるのも嫌だ。
でも、私もだんなも3人兄妹のせいか、子供を作るなら3人、と思い込んでるところがあるので、どこかあきらめきれない。だんなも、あと一人欲しいが、私に「もう少し協力してもらわないと無理だ」と言われるたびに、それこそ無理!と言わんばかりに機嫌を損ねてしまう。
せめて、偏頭痛だけでも上手にコントロールできればよいのだが・・・・。

2009年4月4日土曜日

泰ちゃん自家発電

泰造がまた熱を出している。

昨日は随分元気になって、そろそろ風邪も治ったかなと思った矢先にこれだ。夜はよく寝たが、起きた時にはもう熱があり、一日中ウトウトしていた。とにかく1時間以上起きていられないのだ。夕方には39.5度まであがり、アセトアミノフェンをあげても下がらない。ナースの指示のもと、イブプロフェンを更に投入。この頃には抱っこしている私も汗をかくくらい小さな体が熱くなっていて、小さな扇風機でもくっつけたら回り始めそうだな、と思う。

ちなみに私も風邪で微熱が続いているのだが、子供の世話でそれどころではなく、さきほどようやくごはんを食べたところだ。昨日も具合が悪くて風呂に入れなかったので、さっきシャワーも浴びてすっきりしたところだ。さっさと寝ればいいのだが、横になると鼻づまりがひどく、頭痛がするのだ。

さて、私の入っているメディカル・グループでは電話でナースのアドバイスを受けられるサービスを行っているので、こういうときに非常に助かる。

ナースがいうには、子供の熱にはアセトアミノフェンよりイブプロフェンの方がよい、そして2つとも働き方が違うので、アセトアミノフェンをあげてしまったあとでも一時間経っていればイブプロフェンをあげてもよい、という事だ。ちょうど寝る時間だったせいか、イブプロフェンをあげてしばらくしたら元気が出て少しジュースを飲んだあと、だんなに抱っこされたまま寝てしまった。

ちなみに、もう2週間ばかり風邪をひいていた、と話すと、おそらく中耳炎(もしくは外耳炎?)か副鼻腔炎であろうとの事で、明朝病院できちんと診てもらうように指示された。

冗談半分に「よかったー、ERに連れてけって言われたらどうしようかと思ってビクビクしてたのよー。うち払えないから。」と言うと向こうも気まずそうに笑っていたが、ほんとに、この間の春奈の医療費だって払い終わってないのに、また1000ドルもかかったらたまったものではない。

頼むから、健康でいてくれ、子供たちよ・・・・。